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2017.1.25

カンヌ国際映画祭グランプリ、
グザヴィエ・ドラン最新作公開

映画界で注目を集めるカナダの新鋭、グザヴィエ・ドランが監督・脚本を手がける映画『たかが世界の終わり』が、2月11日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開される。死期が近づいていることを家族に伝えるため帰省する劇作家と家族の、交錯する会話と感情を描く。

地主麻衣子

映画『たかが世界の終わり』より © Shayne Laverdière, Sons of Manual
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グザヴィエ・ドランが繊細に描く、交錯する愛情

 映画の主人公・ルイはいつも言葉少なだ。母親からは、昔から三言でしか返事をしないと皮肉を言われる。彼は自分が死ぬことを家族に伝えるために帰郷したのに、いっこうに切り出すことができない。引き延ばされたように続く食事の合間を縫って、家族それぞれがルイに自分の思いをぶつけていく。だが彼から反応が返ってこないので、思いはさらにエスカレートする。自分はこんなにあなたを愛しているのに、あなたは?

映画『たかが世界の終わり』より © Shayne Laverdière, Sons of Manual

 「ルイは誰にも理解できない。だから美しく見える」と、彼の兄は妹にこぼす。さんざんルイに暴言を浴びせかけた後なのに、まるで傷ついたのは自分だ、というような調子で言う。ひとりで庭に残り静かに涙を流すルイは、たしかに美しく、嫉妬してしまう兄の気持ちはわからなくもない。

 ルイは何を考えているのだろう。奇妙なシーンがあった。兄の妻カトリーヌが自分たちの子どもについてたどたどしく話し、「ルイが退屈しているのがわからないのか」と夫になじられた後のことである。ルイの肩越しにカトリーヌの顔半分と耳、首筋にかけての部分がクローズアップされ、ほかの人々の声は街の喧騒のように遠のき、動きはスローモーションになる。傷ついたような、諦めたような表情のカトリーヌが「ルイ」と呼びかける声は、まるで大事な秘密を話しているかのような親密さで聴こえてくる。このカットは不自然なほど長い。

 この後、カトリーヌが息子に「ルイ」という名を付けたことを知ったときは嬉しかった、とルイが言う。兄嫁の彼女は、血のつながった家族ではない。それに彼とは初対面である。いちばん遠い関係にあるはずの彼女が、ルイに寄り添っているように見える。

映画『たかが世界の終わり』より © Shayne Laverdière, Sons of Manual

 人を愛するということは難しい。あふれるほどの愛よりも、ちょっとした思いやりのほうが嬉しいときもある。特にルイのような状況にあってはなおさらだ。

 でも、やっぱり彼をずるいと思ってしまうのは、私が凡人だからなのかなぁ。

地主麻衣子(美術家)=文

『美術手帖』2017年2月号「INFORMATION」より)