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INSIGHT - 2018.6.16

ホン・サンスのセザンヌ的眼差し、軽やかな更新。愛人キム・ミニを主役に据えた4作、ついに日本公開

1961年ソウル生まれの映画監督、ホン・サンス。96年の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』以降、世界中で注目を集めるサンスの作品が今年相次いで日本で公開される。その作品の魅力とは?日本初公開の近作4本について、監督と主演女優に焦点を当ててレビューする。

文=大隅祐輔

映画『それから』より © 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

映画『それから』より © 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 ポール・セザンヌの総合的な評価を簡単に表わすことは到底不可能だが、その功績のひとつに、晩年、生まれ故郷のエクス=アン=プロヴァンスの街から眺められるサント・ヴィクトワール山がもつ普遍的なフォルムを誇張、デフォルメした作品を何度も描き、後のキュビズムにつなげたことが挙げられる。

 韓国の映画監督、ホン・サンスの映画並びに被写体への態度はまさにセザンヌ的だと言うことができ、それが世界的評価の大きな理由となっている。実際に、日本で公開される作品のひとつ『それから』の公式記者会見で「彼女(主演を務めたキム・ミニ)と続けて何本も仕事をしていますが、毎回、まったく違うことがどんどん浮かんでくるんです。退屈しない。それは画家に、愛するモデルや何度も繰り返し描く素材や場所があるのと同じかもしれません。尽きない創造の源となるんです。画家のセザンヌが何度も繰り返しサント・ヴィクトワール山を描いても、毎回違う絵になったのと同じです」と発言しており、セザンヌから影響を受けていることはおそらく間違いない。

 男と女が熱い恋をし、それぞれがごく普通の街を、なんらかの悩みを抱きながら徘徊し、酒を酌み交わし、駆け落ちしたり、別れたり、怒って泣いたり、笑ったり、再会したり、こじれてしまった人間関係を修復しようと試みたり、諦めたり……。ホン・サンスはデビュー当時から、こういった自分の身の回りで起きた、あまりに素朴な、ありふれた恋/人間模様を描き、そこに自らを匂わせる私的なメッセージを脚本に込めるスタイルを貫き続けている。つまり、人間の苦悩や願望は似たり寄ったりで、古今も東西も人種もキャリアも関係がない。私もあなたも一緒だ、ということが示されていると考えられる。テクニックやテクノロジーの追及はない。ヒーローも不在で、登場する男は格好つけているようで小心者だ。経験論的実証主義ともとらえられる、つねに同じようなテーマ、同じような手法を用いることが、虚勢を張った利己的な商業映画に反発するホン・サンス流のラディカリズムなのである。

 またセザンヌの話に戻るが、セザンヌは非常に神経質で、人に少しでも触られると相手を罵倒するほど嫌がる、ハリネズミのような接触恐怖症だったと言われている。そのためか、被写体への眼差しは遠目だ。そういった点も――ホン・サンス自身は接触恐怖症ではないと思われるが――二人の共通点として挙げられる。近年の作品に特徴的な10分前後の長回しは、まず固定されたカメラが空間全体をとらえ、やがてとくに意味がないところ、例えば安酒の瓶などをゆっくりとクローズアップし、そしてまた戻る。このシークエンスは離れた場所で一部始終を見つめ、じっと見ていられなくなり、ときに視線を落とす、カメラの目というより第三者の目のような動きをしている。

 2017年に制作された『それから』を皮切りに、15年からおよそ2年という短い期間に発表されてきたうちの4作(16年の『あなた自身とあなたのこと』は公開未定)が、連続して日本で公開される。主演はすべて実生活で恋愛関係を公言している(ホン・サンスには妻子がいる)ことを公言したキム・ミニ。言うまでもなく、いずれの作品もこれまで挙げてきたホン・サンス作品たらしめている土台の上で成り立っているのだが、なぜ、その4作がバラバラではなく、ほぼ同時公開に至ったのかが、ある順で観ていくと、自然と腑に落ちるのだ。これから、ネタバレをしない程度に簡単にそれぞれの内容について触れていく。

『クレアのカメラ』(2017)

映画『クレアのカメラ』より © 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 まずは『クレアのカメラ』(2017)。舞台はカンヌで、ある韓国の映画監督(チョン・ジニョン)の作品が映画祭で上映される予定になっている。キム・ミニはその監督の恋人が社長(チャン・ミヒ)を務めている会社のベテラン社員、マニを演じている。マニは他の社員から篤く信頼されているのだが、監督と火遊びをしていることが知られてしまい、カンヌ滞在中にもかかわらず急に解雇されてしまう。途方に暮れ、街中をブラブラしている間に出会い、心の支えとなるのが音楽教師のフランス人、クレア(イザベル・ユペール)だ。彼女は写真を撮ることが趣味で、出会った人のポートレートをポラロイドカメラで収め続けている。その写真が媒介となり、監督と社長、そしてマニを再び結び付けるというのが、大まかなストーリーである。構成はシンプル。制作期間が数日で、尺も70分弱と他と比べるとやや短い。脚本、筋書きが一切ないところでつくられた即興性が高い、快活なイザベル・ユペールが功を奏するホン・サンス入門に相応しい良作だ。しかし、ホン・サンス作品を見慣れている人にとってはやや物足りなさを覚えるかもしれない。

『正しい日 間違えた日』(2015)

映画『正しい日 間違えた日』より © 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 『クレアのカメラ』の物足りなさを解消してくれるのが『正しい日 間違えた日』(2015)である。これもまた韓国人映画監督(チョン・ジェヨン)の話だ。ソウルからほど近いスウォンにある大学で自身の作品が上映され、講義を行うということで、1日半だけそこに滞在する主人公。その間、たまたま見かけた元モデルで絵描きをしている女性(キム・ミニ)に一目惚れしてしまう。『正しい日 間違えた日』。この2つのワードの間にある半角スペースは前編と後編があることを意味している。いずれも大まかな内容は同じだ。お茶をして、アトリエに行き、お酒を一緒に飲んだりするうちに2人は接近していくのだが、結局は付き合わずに終わる。もし、こういう接し方、話し方だった場合、最終的にどうなるのかという異なるパターンが描かれているのだ。そのため、それぞれ同じ場所のほぼ同じシチュエーションで出会い、ほぼ共通の会話から事は始まる。しかし若干、構図を変えることで差異を与え、徐々にモーフィングするかのごとくセリフと状況が変わっていき、まったく違うエンディングを迎える。ホン・サンス作品を形容する際、よくミニマルという言葉が使われると思うのだが、『正しい日 間違えた日』はまさにそれをよく表した佳作だ。

『夜の海辺でひとり』(2017)

映画『夜の海辺でひとり』より © 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 『夜の海辺でひとり』(2017)では典型にホン・サンスの私的な感情を色濃く反映させている。『クレアのカメラ』のようにキム・ミニは「誰か」に勇気づけられ、いったん、時間が分断される点は『正しい日 間違えた日』と共通しているといえる。しかし、こちらは前後編ということではなく、リニアな時間軸で話が進む。さんざんいろんな美男子と付き合ってきた(これはスキャンダルが多かったキム・ミニ本人の過去と重なる)挙句、少し頭がはげた妻帯者の映画監督(これはホン・サンス自身のこと)と恋仲になってしまった美しい女優ヨンヒ(キム・ミニ)は、その辛さを忘れるためにすべてを捨てドイツ・ハンブルクに逃げ、監督(ムン・ソングン)が迎えに来るのを待っている。海辺で先輩とともに監督の回想をしていると「分断」が起こり、急に舞台が何気ない、そして誰もいない映画館に変わり、次第に韓国に戻ってきたことがわかってくる。合間を思い切り端折ってしまうが、最終的に女優は監督と再会し、飲みの席で口論になり、そこで監督は一冊の書物の一文を読み上げ、自分の気持ちをそれに照らし合わせる。ここまでの3作に登場する相手の男性はすべて映画監督。しかし、『それから』だけが出版社の社長という設定で、つまりはその書物の登場が『それから』への橋渡しをしているととらえられるような気がしてならないのだ。

『それから』(2017)

『それから』の1シーン。© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 いよいよ最後、唯一のモノクロ作品『それから』(2017)で全体がまとまる。前半はいかにもホン・サンスらしいつくりだ。たったひとりの女性社員との不倫関係にある/あった極小出版社の社長(クォン・ヘヒョ)のどんどん増幅していく愛情と突然のもつれ(いつ別れたかは明確には示されていない)、相手(キム・セビョク)の退職からくる苦しみが、少しだけ過去の時間軸が行ったり来たりする、とある公園の往復や通勤シーンの断片の細かなコラージュによってシリアスに表現されている。同時に進んでいく「いま」では新しい、超優秀な社員(キム・ミニ)の入社初日を迎え心機一転と相成りそうになるのだが、奇しくも不倫相手が一ヶ月ぶりに姿を現し、「やっぱり忘れられない」とばかりに2人は強く抱き合う。それを新入社員に見つかってから、シリアスな映画は一変し、時間軸も正常になり、完全なコメディへと切り替わってしまうのだ。ちなみに、その後のキム・ミニの社長に対する呆れ顔たるや、あまりにリアルで感動すら覚えてしまうので要注目。しかし当然、調子は何も変わらない。余計なものを足したり、一般的なコメディにありがちな過度な派手さはなく、あくまでホン・サンスであり続ける。登場人物の演技力と巧みな構成力によってのみ起こした滑らかな転換は、ホン・サンスの新しい妙である。

 おそらく、このホン・サンスとキム・ミニによる一連の作品につけられる枕詞、あるいは触れ込みは、「韓国の大女優、キム・ミニにとことん惚れ込み、彼女の魅力を余すところなく使ったスキャンダラスとも取れる作品群」となるだろう。ホン・サンスに限らず、女優と恋愛関係になり結婚に至った監督は少なくないが、数作をほぼ同時につくってしまうことは前代未聞のため、格好の宣伝文句にはなる。しかし、筆者としては、ホン・サンスの映画史がこれら4作によって軽やかに大きく更新され、そのきっかけをつくった張本人こそキム・ミニという最高のミューズに対する愛であり、2人は単なる恋愛を超えた関係にある、と考えたいのだ。

 ただ、ここまでこねた理屈は、思い込み、誤った解釈の可能性が高い。なぜなら本当の発表順は、『正しい日 間違えた日』が最初で2015年、『夜の浜辺でひとり』が2017年、その後、『クレアのカメラ』『それから』と続くからだ。しかし、日本での公開順は真逆になっている。筆者には、どうしてもそれが偶然だとは思えない。ホン・サンスはよくインタビューで「自由に解釈してください」と話す。つまり、作品を見る順番は個人の自由であり、あるいはどれかひとつだけでもいいのだ。しかし筆者としては、この4作品について、先に観たものを振り返りながら、順番に観ていくことをやはり強くお勧めしたい。