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INSIGHT - 2018.2.16

蓮沼執太フィル「東京ジャクスタ」に見るアートとエンジニアリングの進歩

2018年1月13日、東京・赤坂の草月ホールで蓮沼執太フィルによる公演「東京ジャクスタ | Juxtaposition with Tokyo」が開催された。当日は新曲とともに、一柳慧が1961年11月30日(草月アートセンター時代)に草月コンテンポラリーシリーズ10で上演した「IBM: Happening and Musique Concrète』も再上演。その模様をお届けする。

文=島貫泰介

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

 2018年1月13日、東京・青山。草月会館の地下ホールで蓮沼執太と彼のフィルメンバーは「東京ジャクスタ」を行った。まったく同じ場所で、一柳慧が1961年に日本初演したパフォーマンスコンストラクション『IBM』と、現代の蓮沼フィルの楽曲群を並列=Juxtapositionさせるという大きな目的によって遂行された約2時間半(開演前に行われた一柳と蓮沼の対談も含めるなら約3時間に及ぶ)は、並列というよりもむしろ相互嵌入と呼ぶべきものだったかもしれない。

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

 『Bagel』に始まり、新曲『Meeting Place』で終わる「蓮沼サイド」の16曲に対し、「一柳サイド」の『IBM』は途中に挟まれた休憩を除いて、区切りなく常に遂行され続けた。たとえば、演奏中に手すきになった大谷能生(Saxophone)は小型のレコードプレイヤーの上に寿司を乗せて食べ、三浦千明(Flugelhorn)は靴紐を何回も結んだりほどいたりする。目を舞台中央に転じれば、ゴンドウトモヒコ(Euphonium)がトイレットペーパーを舞台のあちこちに絡ませ、石塚周太(Bass, Guitar)は音楽機材のミキサーを破壊して、ジュースミキサーにかけようとする。舞台奥のJimanica(Drums)はトランポリンで延々とジャンプし続け、手前にいる木下美紗都(Chorus)は川について想像し続けていた、らしい。

「東京ジャクスタ」上演風景より。演奏中に寿司を食べる大谷能生 Photo by Takehiro Goto
「東京ジャクスタ」上演風景より。木下美紗都 Photo by Takehiro Goto

 このような演奏とは異なるタスク(※)を、コンピュータが弾き出したパンチカードの指示に応じて遂行するのが、一柳の作曲した『IBM』であり、そこにさらに通常どおりのフィルの演奏を合体させる試みを蓮沼は今回行ったのだった。だから、この音楽会は異常に忙しいものとなったのである。質の高い演奏をキープしながら、労働としてのタスクを同時にこなすのは、見るからに大変だ。まずは演奏者、そして照明や整音などに関わるスタッフ全員の苦労を労いたい。とても楽しい時間でした。

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

 さて。『IBM』日本初演の場所だっただけではなく、1958年以降の前衛芸術の伝説的パフォーマンスが数多く行われた草月会館においてそれらをリファレンスするような蓮沼の歴史主義的な振る舞いは、これまでの活動においても頻繁に見られるものだった。おそらくそのすべては「音(楽)」や「作曲」の問題に紐づいて遂行されてきたのだが、我々はすでに音楽概念の可能性が拡張されきった時代に生きてしまっているがゆえに、リハーサルを公開してしまうだとか、造形美術の文脈のなかに音楽を移行するといったアクションを、音楽そのものとして認識することができない。いや、できないというよりも、それらと音楽として向き合う意識をスキップして、一足跳びに「領域横断」や「クロスジャンル」、あるいは「作家個人の趣味」として落着させてしまうのだ。

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

 この状況に対する判断は保留するとして、蓮沼自身はこの「ポスト前衛」的状況を冷静に俯瞰する視点を有しているのだろう。だからこそ、彼は個展を「音楽的(soundlike)」や「作曲的(compositions)」と名付ける。そして、ここで使われる「的」とは、「(音楽/作曲)のようなもの」として自身の造作物を認識する個人の表明としてだけではなく、なにごとも「的」なものとして把握せざるをえない現在の我々の世代的状況を投影していると見るべきだろう。

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

 上演前に行われた対談において、一柳は1950年代当時のコンピュータ状況について語っている。一種の譜面と言えるパンチカードを使って制御する当時のコンピュータは、超小型化された現在のタブレットと比べると圧倒的に貧弱で、どうしても反復的な作業に偏ってしまうものだった。しかし、だからこそコンピュータが提示する結果(がもたらす指令)を人間は容易に認識することができたのであり、その貧弱さが、50年代当時の一柳やジョン・ケージらの音楽的造形性をむしろ規定したとも言えるだろう。もちろん、鈴木大拙が提唱した禅や、中国の易経の背景にある「ありのままの自然」を受け入れる受動性・偶然性への関心が起点にあったのは疑いないが、そもそも当時の諸技術で観察可能な「偶然」の変数はたかが知れていて、そこには「明示しきれないこと」がもたらす神秘性やロマンへの憧憬が多分に反映されていたはずだ。つまり、そもそも一柳やケージが志向した音楽が、すでに「なんちゃって(=的)」なものであったのだ。その黎明の時代を超えたところに、(メディア・)アートにおける文脈主義者としての技術者集団ライゾマティクスや、非同期の実現をテーマに掲げる近年の坂本龍一、霧発生マシーンを自在に制御できるようになった中谷芙二子の活躍がある。

上演前に行われた一柳慧と蓮沼執太の対談の様子 Photo by Takehiro Goto

 このアートとエンジニアリングの進歩史に蓮沼を位置付けてみるとすれば、彼は明確に一柳やケージの世代に漸近している。表層的な例だが、強迫的と言っていいほど彼が好む反復はその証左のひとつだ。さらに、対談における一柳の「ミュージックコンクレートは日常の音を使用するものだった」という発言から敷衍すると、フィル結成以降の楽曲に取り入れられた歌要素の歌詞が「光」「水」「風」「木」などの自然現象の写生と、それらに対する「きもちいい」「おいしい」といった素朴なリアクションに留まっている理由も腑に落ちる。それは、かつてミュージックコンクレートに取り組んだクリエイターたちが「音」としてとらえた「具体的な日常」へのリファレンスであり、それが文字や言葉、あるいはビジュアルとして再帰するところに、現代のクリエイターとしての創造性がある。付け加えるならば、聴取における観客の存在も、上演に先立つリハーサルやプレトーク、テキストといった付帯的な営為もまた日常の音であると言えるかもしれない。そして、それらは決して比喩的な意味での「音(楽)」ではないのだ。「的」なるものを、「音(楽)」そのものとしてとらえ直すことの遂行が、他ならぬ「作曲家」としての蓮沼執太のテーマなのだと思う。

 今年8月には、現在の16人編成に10人の新メンバーを加える「蓮沼フルフィル」という新プロジェクトが始動する。昨年行われたオーディションの唯一の条件は、「音が鳴り、音楽になる」楽器を演奏できることだった。蓮沼執太の音を巡る探索は、まだまだ続く。

「東京ジャクスタ」上演風景より Photo by Takehiro Goto

※上演中に行われた「タスク」の一覧

蓮沼執太は氷を水に戻す

itokenは確定申告の準備のため領収書整理をする

Jimanicaはトランポリンに乗る

小林うてなはBPM180の楽曲をつくる

K-Taはガンダムのプラモデルをつくる

千葉広樹は会場にロープを張り巡らす

ゴンドウトモヒコはトイレットペーパーをステージ上に散りばめる

木下美紗都は川のことを考える

環ROYは破棄

石塚周太は音楽のミキサーを解体してジューサーのミキサーに入れる

宮地夏海は絵本を朗読

大谷能生は回るターンテーブルの上の寿司を乗っけて回転寿司

三浦千明は靴紐をむすぶ

手島絵里子はミシンで布を縫う

斉藤亮輔は手島が作った雑巾で床掃除をする