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INTERVIEW - 2017.3.15

日本のガウディと呼ばれる男。 建築家・梵寿綱インタビュー(後編)

建築家・梵寿綱(ぼん・じゅこう)。前編では「和世陀」(わせだ)の成り立ちについて話を聞いたが、後編では自身の精神論、職業論にフォーカス。思考の真髄に踏み込む。

インタビューに応える梵寿綱 Photo by Koki Sunada

──1992年に「アート・コンプレックス運動」を発表し、その後、アート・コンプレックスシリーズをIからXまで発表しました。どのような活動なのでしょうか。

 「アート・コンプレックス」には2つの意味があって。ひとつは「さまざまなアートが複合されているよ」という意味と、もうひとつは「アートに対してコンプレックスを持っているやつが集まっちゃった」。自嘲の意も含めて(笑)。失われた職人の技術を復興して、さまざまな表現手段を建築のなかに取り戻」すことで、「生命の響を建築空間のなかに再興し」、「先達が私たちに残してくれたように語り伝える」。全文は今回の作品集『生命の讃歌』に掲載してあります。自分の名前を掲げて、ひとりでつくるのではなくて仲間たちと協働でできていく。それによって、個人の問題をはるかに超えて、心に響く建築になっていくと思っている。

南池袋に建つ「斐醴祈」(Art Complex III)

──個人や、名前のことでいうと、梵寿綱は本名ではないとのことですが、名前の由来はどこからでしょうか。

 1966年に建築事務所を設立するときに名前を決めなくちゃいけなくて。田中敏郎建築事務所という個人名を用いると狭い意味になってしまう。もっと大きな意味で建築をつくっていきたい、つくらなくてはならないと思った。その心構えとして、ヒンドゥー教の奥義書『ウパニシャッド』に「梵我一如(ぼんがいちにょ)」という思想があってね。「梵」(ブラフマン、天理を支配する原理)、「我」(アートマン、人間が持っている原理)が一体だと言っている。天理があるように心理がある。宇宙と個人はつながっている。さらに、養父の戒名(寿綱)を用いた。実際は血がつながっていないけれども僕を受け入れてくれた養父母。その恵みによって僕は生きている、生かされている。命のつながり、想いのつながりをもって伝えていきたい。そんなところでしょうか。

「斐醴祈」ロビー

──前編でお話をうかがった建築名の付け方と同様に、お名前にもこだわりがあるのですね。建築を作品と呼ばず、講演会でもサインはしないと聞きました。その理由は。

 桶屋が注文されて桶をつくるのと同じことをしていると思っていて。『生命の讃歌 建築家・梵寿綱+羽深隆雄』という本が出たけれども、作品集というタイトルは付けたくなかった。これは、建築家、羽深隆雄と梵寿綱の仕事をまとめた本、ただそれだけ。僕自身も消えていくものだから、梵寿綱を知らなくても、「和世陀」は響いてくる。「あれは、誰々の建築だ」と言われないと存在が示せない建築も、親が築いた建築事務所の名称をそのまま継いでいる建築家も恥ずかしいと思っている。個人名を介してやってるようじゃ、文化的な建築にならない。心に響かない建築はただの建っている物。それだと建築家じゃなくて、ビルディング・デザイナーだよ。

 なぜ心に響くかというと、個人の持っている潜在意識に触れてほしいと思ってつくっているから。個人的あるいは、地域にある何かに触発される契機となる、それが文化として流れていくことが大切で、そういう要素が散りばめられている。それこそが真の建築で、この感覚はなかなか伝わらないのだけど、外国人のほうが共感してくれることが多い。

──心に響くことを芯に設計されているためか、梵さんの建築は施主の事情で取り壊されててしまった数件をのぞけば、ほとんど現存しています。梵さんの建築巡礼ができますね。

 できるんじゃないかな(笑)。この本に載っている建築17件のうち14件は現存しているし、他にもカーサが旗の台、中目黒、相生、亀戸にあって。松濤にも1件ある。見に行ってなくなってたら悲しいから、いまあるかは確認してないけど(笑)。

東大和市に建つ「無量寿舞」(Art Complex V)

──梵さん個人として、いま注目していること、興味があることは。

 ダンス。83歳で、体がリズムにのって動くというのはいいことだよ(笑)。ダンスのスケジュールだけは外さない。ダンスの魅力は、自己表現が主体で、アート的で、パフォーマンス性もあるところ。さらに、自分の体をつかってその動きで、感動を与えることができる。ダンスの先生は、僕よりずっと年下だけども、ピュアな人が多くて友達になる。ビルディング・デザイナーなのに建築家と言ってるやつは大嫌いだから友達にならない(笑)。

──梵さんにとって、建築とは?

 「生命の讃歌」ですかね(笑)。僕は天にギフトされた、役割を与えられたと思っている。天才を「natural gift」と訳すけど、多くの天才はギフトされていることに気づいていない。自分の力だと思って自惚れている。僕は自分を天才だとは思ってないよ。与えられたこと重荷としてやっているだけ。ジョブじゃなく、タスク(使命)としてやったときに初めてプロフェッショナルになれる。ジョブで金稼いでるやつがプロと呼ばれがちだけど、それは要領がいいだけでプロじゃあない。天意に従って努めている人がプロ。それはどんな仕事にも言えるんじゃないかな。

PROFILE
ぼん・じゅこう 建築家。1934年東京生まれ。63年にREMINGTON-RAND LIBRARY BEAUREUX社(アメリカ)勤務、65年アメリカとメキシコ周遊を経て帰国、74年に梵寿綱を名乗り、梵寿綱とその仲間たちを結成、アート・コンプレックス運動を開始。主な作品に、「阿維智」「和世陀」「無量寿舞」「舞都和亜」など。

information

早稲田大学そばにある奇怪な建物「和世陀」を1983年に設計した建築家・梵寿綱と、旅館「仙寿庵」、鮨屋「銀座久兵衛・別館」などを手がけた建築家・羽深隆雄の2名を紹介する異色の建築作品集。
刊行:美術出版社
発売日:2017年 2月22日
価格:5800円+税
URL:http://www.bijutsu.press/books/2017/01/-praise-for-the-lifeworks-of-architects-takao-habuka-with-mentor-von-jour-caux.html

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