ブロックチェーンはアートの流通を変えるか? ホワイトストーンギャラリー代表・白石幸栄に聞く

今年1月、銀座の老舗画廊ホワイトストーンギャラリーが発表した、ブロックチェーン上での美術品取引プラットフォーム構築のためのICO(新規仮想通貨公開)事業の実施。世界で急速に存在感を強めている仮想通貨を用いて、美術業界に何を巻き起こすのか。ホワイトストーンギャラリー代表取締役の白石幸栄に話を聞いた。

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│ブロックチェーンによる美術品取引の革新へ

 1967年に開廊したホワイトストーンギャラリーは、60年代の具体美術協会をはじめ、草間彌生や奈良美智といった現代美術作家、伝統芸能から印象派まで、国内外の多岐にわたる作品を紹介してきた。本拠地となる銀座のほか、2015年以降には香港に2店舗、台湾へも進出。さらに今年3月には、世界的ギャラリーが林立する香港の現代美術の拠点HQueen'sに新たなスペースをオープンする。

 

 50年にわたって日本の美術業界を牽引してきた老舗画廊が、このたび新たな事業としてICOを手がけることを発表した。そこで目指すのは、オークションや画廊で作品を売買するという従来のハイコストな方法に対し、ブロックチェーン技術を用いることでコストとリスクを最小限に抑えるという美術品取引の方法。新事業の出発点はどこにあったのか。

 「僕は2代目として就任したとき、この画廊をアジア一の画廊にすることを目標のひとつに掲げました。いいアート、いいアーティストは画廊の武器であり、それを世に出すというのは真理だと思います。ですが、これだけ多くの人がアートを好きなのに、アートフェアや画廊に来てもらうだけでは、いまいち訴求範囲が狭い。そういったなかでブロックチェーンというテクノロジーは、やってみる価値ありと思ったんです」。

 金融や経済の世界では最新トレンドのひとつになっているブロックチェーンだが、日本の美術業界ではそれほど浸透していないように思われる。その前段階となる仮想通貨の導入も、新たな挑戦だ。

 「具体というのは『人の真似をするな。自分のやりたいことをやれ』という前衛的な教えから新しい表現が生まれていった運動。そういう流れのなかで、うちは会社経営まで前衛的に考えるんですね(笑)。仮想通貨という新しい経済のシステムを取り入れることは、美術史の大きなページのなかの小さな一コマにすぎない。ですが将来、美術業界ですごく役にたつ役割を担えると考えています」。

│仮想通貨で日本のアートを世界へ

 アジアや日本のアートを世界へ発信し、欧米作家を日本や中国に紹介してきた白石は、世界を視野に入れ活動した具体の作家たちのように、アジアの美術の活況を目指し、視野を広げていく。白石は「世界に対しての橋になること」が画廊の本質だと言う。

 「美術はやっぱり、商売なんですよね。それも自販機で簡単に買えるようなものではなくて、ある種のイメージやブランド、訴求したいものを売る商売。画廊が作品の布教活動を行い、それを欲しい人が現れて、売り手と買い手が阿吽の呼吸になったときに成立するような世界です。現状では、そういうときに互いが同じニーズを持っていても、通貨が違うため成立しづらかったり、これだけネットが普及していても、そもそもその人と知り合うきっかけや、つなげてくれる場所が少ない。画廊は、アジアと欧米、日本と欧米をつなぐ橋になっていかないといけないんです」。

 ブロックチェーンを用いた美術品取引プラットフォームの構築に先駆けて、今回のICOではまず、独自のトークンを発行。そこで得た資金をもとに、プラットフォームの設立や世界に向けたアートビジネス事業を進めていく。

 「今回我々は、美術業界で使える通貨を発行し、10年、20年かけて育てていきます。新しい畑をつくって、そこを耕していくように。そして最終的な目標としては、海外との取引を潤滑にすることで、アジアのアートの価格を高め、世界に認められる作家たちを増やす。アジアが、アメリカが主導してきたアートの中心を担っていこうとしているいま、このICOはゴールではなく、あくまで手段のひとつだと考えているんです」。

 人と人とをつなぐ新しい経済の技術が、美術業界においても次世代のスタンダードになっていくだろうか。

白石幸栄(ホワイトストーンギャラリー代表)

○ブロックチェーンの仕組みとは?

 仮想通貨「ビットコイン」の基幹技術として発明された概念。「分散型取引台帳」とも呼ばれ、世界中に分散しているデータベースの一部を共通化して、個々のシステム内に同一の台帳情報を保有することで、壊すことのできないネットワークをつくる。従来の流通モデルでは、すべてのトランザクション(取引)は銀行などの中央集権を通さなければ行えないが、ブロックチェーンは互いに監視し合うため直接取引が可能で、システムの偽装や改竄も防ぐことができる。

 金融以外の分野でも、著作権保護、物流管理、不動産、貿易取引などで活用を開始する動きがある。例えば食品流通では生産者から消費者までの情報を書き込むことが可能なため、生産過程の記録や在庫管理などのほか、汚染が発生した場合にはいつ、どこで汚染されたかを特定することが可能となる。アートの分野でも同じことが言え、作品をデータベース化しビジネスや教育に活かす取り組みが可能になるほか、アーティストの承認による真作であることの保証、購入者との直接取引による手数料の省略などのメリットが挙げられる。

○ブロックチェーンによる美術品取引プラットフォームとは?

 アーティスト、美術館、コレクターなどが、互いに鑑定済みの美術品を閲覧、鑑賞することができ、さらにそれらの売買と決済を可能にするネットワーク。指紋などによる生体認証とブロックチェーンによる秘密鍵を連携させて、鑑定済みの美術品のみ扱うことで、鑑定にかかるコストを抑えることを目指す。また、360度様々な角度から作品を見渡せ、細部を拡大してチェックできるVRを用いて閲覧でき、さらに物流費や保険料を抑えることによって、美術品の投資効率を高める。

『美術手帖』2018年4・5月合併号より)