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フラットベッド絵画面

The Flatbed Picture Plane

 アメリカの美術史家レオ・スタインバーグが、論考「他の批評基準」(1972)の中で提起した、絵画構造の概念。同論考におけるスタインバーグの視座は、クレメント・グリーンバーグに代表される還元主義的なモダニズムの発展史観に抵抗し、造形芸術を吟味するための別の批評的枠組みを導入することを目指すものであった。グリーンバーグ流のモダニズムが歴史的到達点と見なした絵画とは、その「絵画」という芸術のメディウム(媒体)に特有の性質を「純粋化」し、絵画芸術の外部に由来する要素の排除を徹底する作品だった。

 そのフォーマリズム的基準においては、「平面性」こそが絵画だけに固有の本性であり、それ以外のいわば不純な要素、例えば文学的な主題性(対象再現性)や、より根本的には彫刻的な三次元的イリュージョン(空間再現性)が、除去すべきものと位置づけられる。こうして、近代以前と近代を分ける線引きは、イリュージョン/平面性という対立構図として表現されることとなる。

 スタインバーグの論考は、こうした構図とは別のパースペクティヴから美術史的分析を試みる企図を持つものである。スタインバーグは絵の平面性を、「人間の構え」に対する関係性という見方からとらえ直す。ルネサンス以来抽象表現主義に至るまでの絵画が、直立した人間の姿勢に合わせた「垂直性」を備えるものであり、見る者はその平面上に世界の視覚的表象を経験することができた。上下という垂直軸は、世界と向き合う人間の自然な体勢(頭からつま先へ)であり、また重力=自然法則を指し示すものでもあるが、こうした論理からスタインバーグは、この垂直性を「視覚による自然の体験」と親和的なものと見なす。

 これに対して、1950年代にロバート・ラウシェンバーグやジャン・デュビュッフェの作品によって体現されたのは、「人為的な操作の過程」を喚起するような絵画構造へのラディカルな転回であったという。彼らの画面は、人間の姿勢に対して直角に差し込まれる「水平な」面を象徴的に示すものである。それは例えばテーブルの天板や床や図面のような、そこに事物が配置され、あるいはデータが記入されたりするような「作業-面」(ワーク・サーフィス)を暗示する。スタインバーグはこの平面に、平台印刷機から着想した「フラットベッド絵画面」という呼称を与え、その登場は芸術の主題における「自然」から「文化」への移行を示すものであるととらえた。この論説は、ロザリンド・クラウスら続く世代の批評家への影響という点からも、重要な位置を占めている。

文=勝俣涼

参考文献
レオ・スタインバーグ「他の批評基準」林卓行訳、『美術手帖』1997年1-3月号(美術出版社、1997)