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ルポルタージュ絵画

Reportage Paintings

 「ルポルタージュ(reportage)」は、現地報告や記録文学を意味する仏語に由来する。社会問題や事件などの取材を通した、記録性を重視する1950年代の傾向のことで、文学や絵画にみられた。こうした表現を端緒に、50年代から「ルポルタージュ芸術」や「ルポルタージュ理論」などの用語が使用されはじめた。代表的な作品に、小河内文化工作隊として奥多摩のダム建設反対闘争を取材した桂川寛の《小河内村》(1952)、山梨県曙村で起こった事件を取材した山下菊二《あけぼの村物語》(1953)、米軍に協力する内灘の有力者を風刺した池田龍雄の《網元》(1953)、砂川の米軍基地拡張反対闘争に取材した《砂川五番》(1955)などがある。こうした作品が歴史化されるなかで、次第に「ルポルタージュ絵画」の語が定着していったと思われる。

 また、山下の《あけぼの村物語》には、シュルレアリスムの方法論の応用やモンタージュ技法、土着的な寓話性などがみられる。そのためこうした絵画はまれに「シュル・ルポルタージュ」と呼ばれることもある。「ルポルタージュ絵画」は、シュルレアリスムを通過した、新たなリアリズムの獲得を目指した絵画を指すものであり、客観性・記録性のみを重視した旧来の自然主義的な描写にもとづく作品は通常これに含めない。また、中村宏は、1956年頃から、現場を取材することなく、新聞や雑誌の記事を資料に制作を行っており、それは想像力を用いた現実の再構成を重視するものであったともいえる。したがって、ルポルタージュ絵画とは、「報告」「探訪」「記録」を制作の第一条件とするものではないことに注意する必要がある。むしろそれは、シュルレアリスムをはじめとするさまざまな方法論を駆使し、複数の視点や現実の断片をつなぎあわせて現実の諸矛盾や非合理性を捉え、深いリアリティに至ろうとする動きだった。

文=沢山遼

参考文献
『1953年ライトアップ 新しい戦後美術像が見えてきた』(目黒区美術館、多摩美術大学、1996)
『激動期のアヴァンギャルド シュルレアリスムと日本の絵画 一九二八〜一九五三』(大谷省吾著、国書刊行会、2016)