2024.4.26

アートの創作・流通・コレクションを加速させる。デジタル証明書「clarus ID」とは何か

アート作品の真正を見定めるのは古来、至難の業だった。しかし現代のテクノロジーを活用して、この課題を解決せんとするサービスが誕生した。AIによって贋作すり替えの有無を見極め、ブロックチェーンで書き換え不可のデジタル証明書を提供する「clarus ID」だ。4月には、京都 蔦屋書店での個展にて利用されることとなる。サービスを開発運営する株式会社clarus代表取締役の東原達矢、サービス利用の現場である京都 蔦屋書店の荒川玲衣、そして今回初めてサービスを利用するアーティスト井村一登に、clarus IDの意義や使い心地について語りあってもらった。

聞き手・文=山内宏泰 撮影=手塚棗

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「clarus ID」のポイント

・独自開発の画像判定AIを用いた、新しい基盤となりうるデジタル証明書 (国内外特許出願中)
・対象作品を問わず、1点ものでも少量の画像データから贋作すり替え有無を判定
・鑑定書や箱書きなど、既存の証明の仕組みと併用可能

AIが正確・客観的に作品を同定

東原達矢(以下、東原) 私はこれまで主に「テック×事業開発」の仕事をしてきました。その知見を活かしてアート領域の課題を解決できそうだと考え、2022年に株式会社clarusを立ち上げました。アート業界に関わるのは初めてなので、多少の戸惑いや驚きはありますね。独特のカルチャーがありますし、ITとあえて距離を置いてる方も多いので。私たちのサービスを使ってもらうにはどうアプローチするといいかを考えながら、プロダクトの改良も手がける日々です。そんななか、京都 蔦屋書店さんも今回初めて個展で利用してくださることとなり、心強い限りです。

東原達矢(株式会社clarus代表取締役)

荒川玲衣(以下、荒川) 私たち京都 蔦屋書店は、アートに特化した書店として、2023年10月にオープンしました。アートを日常に溶け込むかたちでご提案できたらと、本だけでなくアート作品そのものも見ていただけるよう、店内に豊富な展示スペースを設けているのが特長です。京都には芸術大学が多くアーティストもたくさんいるのに比べて、展示発表の場が限られています。私たちが一助になれればと場づくりをしました。アーティストやコレクターの方々に好評をいただいており何よりです。

荒川玲衣(京都 蔦屋書店)

東原 私も京都を拠点にしているので、アートに触れられる場が増えるのはありがたいです。歴史的にも京都は古来、文化芸術の発信地ですし。京都 蔦屋書店のギャラリースペースで今回、京都出身の井村一登さんとご一緒できるのもまた嬉しいお話です。

井村一登(以下、井村) 私は生まれも育ちも京都です。京都市立芸術大学の芸術学部で美学を専攻し、その頃から研究と並行して制作もしていました。学生時代は10年ほど前のことですが、当時の京都は発表の場が少なくて困っていました。東京藝大大学院の先端芸術表現専攻に進学したのは、作品を観てもらう機会や場所を求めてのことです。この2、3年で自分の作家活動が本格化してきましたが、ちょうど同じタイミングで京都のアートシーンも賑わってきました。それなら京都にいてもよかったんじゃないかと思いつつ、引くに引けないまま東京で活動している状況です(笑)。ともあれ10年越しに地元・京都で作品を観てもらう機会が、京都 蔦屋書店のおかげでやってきました。同時にclarusさんのサービスを導入しようという話もいただいて、これは作家側から見ても重要なものだと直観したので、ぜひやってみましょうとお応えしました。

井村一登(アーティスト)

東原 ありがとうございます。さっそく、今回京都 蔦屋書店での井村一登個展で導入させていただく「clarus ID」がどんなものかをご紹介しますと、これは登録作品が贋作とすり替えられるのを防ぐことができるデジタル証明書です。証明情報としては基本的な作家情報、作品情報と作品画像が記録され、それら内容はブロックチェーン技術によって書き換え不可能なものとなっています。登録された画像データは、リアルの作品と紐づけるために用いられ、AIによって確度の高い一致判定が行えるようになっています。なお、これらの仕組みは当社独自開発の国内特許取得済み・国際特許出願中の技術で構成されています。

 従来の作品証明でも紙の鑑定書にホログラムをつけるなどして証明書の偽造を防止する取り組みはなされていますが、作品自体がすり替わってしまえばどうしようもありませんでした。証明書だけが本物だと証明されても仕方がありません。それに対してclarus ID は、すり替えなども起きておらず、目の前にあるこの作品が本物ですよということを、その場で都度判定できる仕組みです。

 また、従来の紙の証明書や箱書きなどを置き換えるのではなく、作品とセットで撮影することで共存・補完することが可能であり、まさにこれまでアート業界が培ってきた証明の仕組みを強化しつつ、新しい次元の証明基盤をかたちづくっていく可能性を持っています。対象作品を限定せずに、1点もののリアル作品であっても贋作すり替えを検知する仕組みは従来の類似サービスとは異なる新しい仕組みで、デジタル証明書についても業界スタンダードとなっているものは国内外でもまだ存在しないため、clarus IDが新しい標準となっていければと考えております。

荒川 作品登録にはどんな手順が必要でしょうか。事業者や作家さんがその場ですぐにできるようだと、大変ありがたいですが。

東原 はい、ひとりで、しかもスマホひとつで完結できます。まず平面・立体の種別を問わず作品を白い背景に置き、ガイドに沿って撮影していただきます。立体作品でも角度を変えて5~6カットで済みます。AIがすみやかに手ブレなど不備がないかチェックし、これで画像登録は完了です。

 再撮影が不要であると確認できると作家本人へ承認依頼の連絡が入りますので、承認ボタンを押せば証明書発行準備も整います。この状態でステイしておき、売れた作品に証明書をつけるとなれば、事業者が最終承認のボタンを押していただき、紙の証明書を発行できる運びです。情報は作家・ディーラー・コレクター間で共有し管理・引き継ぎできるアプリ「clarus platfoam」によって、いつでも参照することができます。

clarus ID 登録(スマホによる撮影)
AIによる作品照合(スマホによる撮影)
作品照合レポートの確認
clarus ID作品照合レポート 事例

井村 登録手順は拍子抜けするほど簡単ですけど、テクノロジーで要所がしっかり押さえられていて、不備や偽造がないようしくみが整えられていますね。作家の立場から見ても、これなら安心感を持って使えそうです。

荒川 若いアーティストの方々と展示の仕事をしていると、「証明書ってどうしたらいいんですか」と相談をいただくことはよくあります。作品の登録と証明書の発行が簡単にできる仕組みができるのは、作家さんとしては心強いだろうと思います。

 私たちの立場からすると、作品を購入なさるコレクターの方々へも安心と利便性を提供できますね。現場でよく耳にするのが、証明書を失くしてしまったがどうしたらいいかというご相談です。紛失すると、作品は本物に違いないのに、それを証明する手立てがなくなり困ってしまいます。デジタル証明書であればそういう事態にはなり得ないので、それだけでも大きいメリットです。

東原 そうですね、私たちのシステムでも紙の書類を発行できますが、それはあくまでも登録証ですので、仮にその登録証を失くしても、お問い合わせをいただければ登録されている旨をすぐ確認することができます。

井村 登録手続きがデジタルで完結するのは、作家にとっても嬉しいことです。書類や作品に署名をするなどの事務作業は、制作期間中には負担になるので。大きくて重たい作品だったりすると、サインや記録のために引っ張り出すのも大変です。証明手続きの一切を、clarus ID で搬入のタイミングなどにすべて完了できると、アーティストとしてはすごく助かります。事務が捗れば、それだけ作品のクオリティを上げることに集中できるようになります。

テクノロジーはもっとアートに貢献できる

東原 京都 蔦屋書店で開かれる井村さんの個展で今回clarus IDを利用いただけるのは、私たちにとって大変有意義なことだと感じています。というのも井村さんの作品は、私たちのサービスを使ううえで難易度が高い。例えば、鏡が用いられているので、撮影登録時に映り込みがないよう気をつけねばなりませんから。裏を返せば、そうした複雑な構造や素材を持つ作品にも、きちんと対応できるサービスだということを示す良い機会でもあります。ありがたいことです。それにしても、鏡をテーマに据えて創作を続けているというのは、本当に興味深い活動方針ですね。

井村 そうですね。たしかに、作品のなかに鏡を使用するアーティストは歴史上も多くいますが、作品テーマを鏡に絞り込み探求している作家は、自分のほかにあまり聞いたことがないです。原初の形態である黒曜石製の鏡から金属でつくる魔鏡まで、歴史上に現れた鏡の形態や機能を網羅的に取り上げて、長年にわたり「人と鏡の関係性」という疑問にせまろうとしてきました。

 「明晰鏡」と名付けた今回の展示は、私にとって京都での初個展となります。自己紹介を兼ねて、これまで自分が制作してきたシリーズをすべて見てもらおうと思っています。

井村一登《invisible layer creature》
井村一登《electract》
井村一登《tooloop》

荒川 井村さんの活動の全貌が見渡せる展示になりますので、ぜひ注目していただきたいです。そのうえで、デジタル証明書のサービスを広く知っていただく機会にもなればいいですね。アート好きの方々やアート業界の人たちは、身近な評判や口コミを重視するところがあるので、良い評価を得られるようしっかり運用したいと思います。

東原 実際に利用してみた方の反応やご意見、どしどしいただきたいです。私たちが提供する仕組みは、理想的なアート作品管理のあり方を考えてみれば、おそらく皆さんに賛同いただけるかたちだと確信しています。私たちがいまするべきは、ひとりでも多くの方に知ってもらい使っていただき、皆さんからの信用と信頼をひとつずつ重ねていくことです。京都蔦屋書店での機会を、その重要なステップのひとつにできたらと考えています。

実際に作品を撮影してみる

井村 私は作品をモノとして、つまりアナログでアウトプットしていますが、制作の過程では無数のテクノロジーを利用しています。これからますます創作にテクノロジーは取り入れられていくでしょうし、鑑賞やコレクションといったフェーズでもテクノロジー導入の余地はかなりありそうですね。

東原 その通りだと思います。例えばclarus ID によって作品データが正確に管理され、個人情報に配慮しつつ所有者・所有場所が追跡可能になるだけでも、アーティストやディーラーとコレクターの新しいつながりを生み出すことにつながります。かねてより業界で議論されている、セカンダリ取引での利益を作家などに還元する世界の実現も、そのひとつです。そのほかにも、蓄積されたデータから、「あなたならこのアーティストの作品も気にいるのではありませんか」といったレコメンドをすることもできますし、アーティストが発信したい情報をコレクターの方々に確実に届けることもできます。また、コレクター同士が保有作品の情報を共有しあうことで新しいコミュニティを生み出したりと、想定外の新しい化学反応を生み出すかもしれません。

 テクノロジーの力で、アートの世界にそうした「温かいつながり」をつくっていきたい。それが私たちの願いです。