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2019.9.14

グレゴール・シュナイダーによる「美術館の終焉」とやなぎみわの巡礼劇。神戸の新たなアート・プロジェクト「TRANS- 」に注目

グレゴール・シュナイダーとやなぎみわ。参加作家がこのふたりだけという異例の芸術祭「アート・プロジェクトKOBE 2019:TRANS- 」が、ついに神戸で開幕した。ともに新作を揃えた会場より、見どころをお届けする。

グレゴール・シュナイダー《美術館の終焉─12の道行き》より《消えた現実》(部分)
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 「アート・プロジェクトKOBE 2019:TRANS- 」は、TRANS-KOBE実行委員会と神戸市が主催する新たな芸術祭。ディレクターに林寿美を迎え、参加作家を2名のみに絞るという特色ある芸術祭だ。

 参加するのは、やなぎみわとグレゴール・シュナイダー。公演と展示というコントラストで構成された本芸術祭が見せるものとは?

故郷・神戸での初公演

 やなぎみわは、野外劇《日輪の翼》を神戸市中央卸売市場本場内の特設会場で3日間のみ上演する。

 やなぎは、1967年神戸市兵庫区生まれ。「エレベーターガール」や「マイ・グランドマザーズ」など、CGや特殊メイクを駆使した写真で、若さと老いといった女性を取り巻く諸問題への洞察を試みる作品を発表し、2009年にはヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家となった。11年以降は演劇への取り組みをスタートさせ、15年からはステージトレーラーを使った野外劇を展開。16年からは大作《日輪の翼》を各地で上演しており、今回の神戸公演はその6ヶ所目となる。

やなぎみわ

 上演ごとに場所・環境だけでなく演出や脚本も変えてきたやなぎ。今回は地元・神戸での初公演であり、市場からほど近い真光寺で入滅した一遍上人の遊行を取り入れるという。

 また本公演では、市場の岸壁に50メートルもの台船を係留。客席兼舞台として使用し、陸と海を股にかけての上演となる。

やなぎの公演が行われる神戸市中央卸売市場本場前の海

巡礼するように作品をたどる

 いっぽう、ドイツを代表するアーティストで、人と空間の関係性を作品で表現してきたグレゴール・シュナイダーは、《美術館の終焉─12の道行き》と題された作品を市内10ヶ所で展開する。

 まずこの挑発的ともとれるタイトルについてシュナイダーはこう話す。「美術館の社会的な役割は理解しているし、その重要性はむしろ増しています。しかしそれとは別に、私は美術館外の世界で仕事を始めました。私の作品は芸術なので、美術館がなくては困る。しかし、美術館に依存せずに存在しなくてはならないという意味では、美術館離れは必要。美術館で(私の)作品を展示することは、作品を殺すこと。そこに私自身と美術館との対立関係があるのです」。

 この言葉から、シュナイダーにとって外で作品を見せることがいかに重要かがわかるだろう。美術館という施設を使わない本作は、シュナイダーにとって過去最大規模のもの。鑑賞者はキリスト受難の道を意味する「留(Station)」を付した第1留から第12留までを巡礼するように体験していくことになる。シュナイダー自身にとってもチャレンジングであり、「自分という芸術家をぶつける仕事だった」という本作。その一部を抜粋して紹介したい。

グレゴール・シュナイダー

 10ヶ所のなかでも最大の規模となるのが、第3留:旧兵庫県立健康生活科学研究所の《消えた現実》だ。ここは1968年に兵庫県の衛生研究所として設立された地下1階、地上7階建のビル。この建物自体は2018年3月末で閉鎖されたが、その内部では動物を使った感染症研究の残滓をいまも感じることができる。

旧兵庫県立健康生活科学研究所
旧兵庫県立健康生活科学研究所

 過去の歴史を覆い隠すように、極端なほど真っ白に塗られた廊下や、違和感を覚えるほど鮮やかな色彩で彩られた動物の檻。いっぽうでそれとは対照的に荒らされた事務用品の数々。人間の健康の裏側にある科学研究の痕跡を、アートによって実感させる大作だ。

《消えた現実》(部分)
《消えた現実》(部分)

 第4留:メトロこうべの100メートルにおよぶ地下通路に、なんの変哲もない扉がある。これが《条件付け》だ。扉を開けると、そこにはどこにでもあるような浴室が出現する。そしてその奥へと続く扉の向こうには、まったく同じ部屋。さらに奥にも同じ部屋があり、ループ映像のように同じ空間が延々と続く。いつ終わるとも知れない部屋の連続が醸し出す不安を、日常のすぐそばで体験してほしい。

《条件付け》(部分)

 第6留と第7留はそれぞれ実際の個人が所有する私邸が会場(日時限定公開)。第6留では、日常生活のすぐそばにいるが、まったく知らない他人という存在の生活空間に入り込み、その営みを目撃する居心地の悪さを感じるだろう。社会と日常の関係性、あるいは他者の存在というものを考えさせる作品だ。

《自己消費される行為》《喪失》

 いっぽうの第7留では、生活空間にはありえない、パチンコ台が密集したある種日本的とも言えるカオスが出現する。

《恍惚》(部分)

 12留のなかでも、もっとも強いインパクトを与えるのが第8留:神戸市立兵庫荘の《住居の暗部》だろう。ここは、明治以前の神戸の中心部・兵庫地区に存在した低所得男性労働者のための一時宿泊施設。民間施設として1950年に開設され、その後いつからか市立施設となり、2018年まで約70年間にわたり支援施設として活用されてきた。

 依然として残る二段ベッドや飲料の空き瓶、軍手、新聞など、利用者の生々しい痕跡。それら居住空間を含め、食堂やトイレなど1階の内部空間すべてを黒く塗り潰したシュナイダー。来館者は暗部を思わせる「黒」という色からどのような印象を受けるのか。それは鑑賞者に委ねられている。なお兵庫荘は本芸術祭終了後に解体されることが決まっている。

《住居の暗部》(部分)

 神戸市営地下鉄海岸線・駒ヶ林駅の改札を出た先にある長い地下通路に、第9留はある。《白の拷問》と題された本作は、アメリカ軍がキューバに設立したグアンタナモ湾収容キャンプの施設を再現したもので、2005年にシュナイダーがスタジオで再現したのが最初。長期拘束や拷問などの凄惨さとは対照的に漂う、病院のようなクリーンな雰囲気が死の気配や不条理をより際立たせる。

《白の拷問》(部分)

 今回が初となる「TRANS- 」は、作家の選定からその展示方法まで、公共事業としては非常にチャレンジングだ。しかし、芸術祭の意義が問われる現在だからこそ、この試みは意味のあるものだとも言える。このアート・プロジェクトが来年以降も継続して開催されることが期待される。