gallery UG・佐々木栄一朗&中西由香里とアーティスト・野原邦彦が語る、アーティストと成長するギャラリーの新たな挑戦

2001年に東京・銀座に開廊し、現在は馬喰町に場所を移して活動を続けるgallery UG。9月2日には天王洲のTERRADA ART COMPLEX Ⅱに新たなギャラリースペース「gallery UG Tennoz」をオープンさせる。アーティストとともに成長してきたgallery UGのこれまでの歴史とこれからの挑戦を、代表の佐々木栄一朗、ディレクターの中西由香里、そして所属アーティストの野原邦彦が語った。

聞き手・構成=編集部 写真=稲葉真

左から佐々木栄一朗、中西由香里、野原邦彦
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──2001年に銀座に開廊し、現在は馬喰町に場所を移して活動を続けるgallery UG。9月2日には天王洲に新たに誕生するTERRADA ART COMPLEX Ⅱに新たなギャラリースペースを構えます。このように、新たなチャレンジをしながらオープン20周年を控えるgallery UGですが、まず、佐々木さんがgallery UGを、どのようなことを考え、どのような目標を持って育ててきたのかを教えてください。

佐々木 私がアートと出会ったのは、学生の頃。地元の広島でアルバイトとして働いていたレストランのオーナーがギャラリーも運営していて、それをきっかけにアートが好きになりました。そのオーナーは、たんなるビジネスとしてではなく、アーティストを見つけて育てるという、あるべき姿のギャラリー経営をやっていたんです。私はその影響を多く受けています。

 20歳で上京し、23歳のときに会社をつくりました。バブル経済が落ち着いたころでしたが、お金のためにアートを利用しようとする人が多く、騙されることもありましたね。いまもまだ、アート業界には他人を利用して儲けようとする人も多いことは残念です。

 アート業界にいる以上、自分が何ができるのかということに生きがいを見出すべきなのではと当時から思っています。そもそも日本は世界的に見ても、アートマーケットが遅れている国。本当は伸びていく余地もたくさんあるのに、そこに目を向けず、日々の生活の稼ぎばかりになってしまっている人が多い。そういう部分を変えていきたいと常に思っています。

 大きな目標が持てるというのが、アートの良いところです。アーティストにもスタッフにも、そうした大きな目標をつくってあげられるギャラリーをつくりたいと考えてこれまで運営してきました。

佐々木栄一朗

──gallery UGはgallery UG Tennozのオープニング展覧会を飾る野原邦彦さんを筆頭に、立体の作家を発掘し、育ててきたという印象があります。これも佐々木さんの方針でしょうか? 

佐々木 面倒くさいことが好きなのかもしれないですね(笑)。正直、立体作品、とくにサイズの大きいものは手間もかかるし売りにくい。けれども、立体の良い作品をつくることができる作家を育てられるのがうちの強みでもあるんです。将来性のある立体作家の卵を見つけたのに、小さい作品しかつくらせてあげられないのはもったいないことですよね。

 大きい作品をつくることで、はじめて世界的に見て普遍的な価値のあるアーティストとして後世に残っていくんだと思っています。

──野原さんは佐々木さんと12年のつきあいになるとのことですが、最初はどのようなかたちで出会ったのでしょうか?

野原 広島の美術大学を卒業後、発表の機会を探しているときに、たまたまネットで見つけてもらって声をかけてくれました。当時の僕は卒業したばかりで、自分の作品に値段がつくという概念もありませんでした。画廊とつきあうというのは初めてだったので、佐々木さんに会ったときは、怪しく感じたのは事実です(笑)。

佐々木 野原くんの作品を最初に見たときは、衝撃が走りました。ゴルフのパターを打つ時に、カップまでのラインが見えるような感覚で、10年後のイメージが見えたんですよね。だからもう説得しました。「騙されたと思ってついてきてくれ」と。10年後に美術館で展覧会をやろうとか、作品集をつくろうとか、そういった長期的なビジョンを語り合うことができたんです。

野原 たしかに、当時から10年後の話をしていましたね。当時は若かったので10年という単位の想像がつきにくかったんですが、こうして振り返れば、あっという間に10年が過ぎていました。僕は学生時代から大きな木彫作品をつくっていましたが、立体作品はやはり等身大以上の大きさが、人体の大きさとの関係や比率なども含めて、制作しやすいです。大きな立体作品を受け入れてくれたことで、創作の幅を広げながら成長できたと思います。

佐々木 ギャラリストもアーティストも、きちんと信念をもって続けていれば、いつかはうまくいくと信じています。きちんと信念をもっていれば、結果が出てくるんですよね。

野原邦彦

──多くのギャラリーが作品の売上を作家と折半して利益を得る方式をとっていますが、gallery UGは所属アーティストの作品をギャラリーが買い切って販売しています。ギャラリーにとってはリスクも大きいはずですが、これも佐々木さんのアーティストを育てるという信念からでしょうか?

佐々木 ギャラリー設立当初から、買い切るという方針は決めていましたね。アーティストの可能性を信じているなら、自分に負荷をかけるためにも、全部リスクを背負うべきだし、そうじゃないと説得力がないと思っています。まず、アーティストに信じてもらうことから始めたかったんです。

野原 とはいえ、買い切りだからといって、佐々木さんは作品の内容に関してあれこれ口を出すわけではないですよね。

佐々木 作品の大きさを制限したりすると、おもしろくなくなりますからね。そもそも、アーティストが出してきた作品をどのように料理するかが僕たちの仕事ですし。ただ「もう少し手を入れてほしい」など、ギャラリストの目線から見て足りないと思うところは意見を伝えたりします。

 あと、アーティストは様々なジャンルの作品をつくることができるのが大事だと思っているので、それは積極的に勧めますね。アーティストの持っているイメージというのは、立体であれ平面であれ、成立すると思っています。世界の第一線で活躍しているアーティストを見ていてもそうですよね。

野原 僕も最初は立体しかつくっていなかったんですけど、佐々木さんのアドバイスもあって平面作品もつくるようになりました。平面をやると、平面でしか気がつけない部分がとても多いことに気がつきました。平面の経験が立体制作のときに生きてくるし、展示空間をつくるにしても、いろいろな媒体が共存することで、自分の表現を強く打ち出せるということがわかりました。

佐々木 10年以上一緒に仕事をしてきましたが、野原くんには本当に敵わないと思いますね。私がイメージしていたものを超えてくれる。

野原 企画があるたびに、よい作品をつくって、よい展示をしたいなとは当然思っています。でも、自分の見立てた充分なレベル以上のものに挑戦できるきっかけをつくってくれるのもgallery UGのスタッフです。そのために動いてくれるし、自分の作品がよりよく見えるためにはどうしたらいいかを徹底的に考えてくれる。いつも、ギャラリーに負けたくないという、よい意味でのプレッシャーを持っています。

野原邦彦「今夜は本屋でパーティー」(2018、銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM、東京)展示風景

──9月2日にTERRADA ART COMPLEX Ⅱにオープンする新スペースについてお尋ねします。こちらのスペースのディレクターである中西さんは、10年以上gallery UGに勤務され、野原さんとも仕事をされてきました。中西さんがこの新スペースにかける思いを教えていただければと思います。

中西 gallery UGはいま、本当の意味でインターナショナルなギャラリーを目指しています。天王洲のスペースは300平米の広大な床面積と、5メートルを超える天井高を持っていて、大型の立体作品も問題なく展示することができますし、この空間をどう生かしていくのか楽しみです。今後のギャラリーの大きな力になっていくと思います。

 施設としては、廊下の共用部分に面した壁を、作品が外からすべて見えるように全面ガラス張りにしたことが特徴です。また、立体作品は距離をとって360度から見てほしいので、そのためにも余裕をもった空間づくりを心がけました。立体を中心に見せることを、ギャラリーの特徴として打ち出そうと思っています。

佐々木 私としては、中西に仕事を引き継いでもらうことも含めて、これからの世代交代も考えなければいけない。私が死んだ後も、ギャラリーをきちんと続けていける人を何人も育てることが大事だと思っています。アーティストとの良い関係は、僕ひとりでは継続できないですからね。そういった人材育成も含めて、このスペースに期待することは多いです。

 

中西由香里

──記念すべきオープニングの展覧会は野原さんの「CYCLE」展となっています。この展覧会にかける中西さんと野原さんの思いをお聞かせいただければと思います。

中西 私が入社したタイミングは、ちょうど野原さんがギャラリーに所属した時期でしたので、野原さんとは一緒に勉強して、一緒に成長してきたように思っています。こうして、自分がディレクターを務める新スペースでともに仕事ができることを嬉しく思っています。

 今回の個展名の「CYCLE」というのも、いろいろと思いを馳せるタイトルですね。新型コロナウイルスの流行以降で初めての大きなイベントですし、しかもギャラリーのオープン20周年を来年に控えています。これまでの「サイクル」の蓄積であり、同時に新たな「サイクル」としてのスタートでもあるわけです。

野原 今回の「CYCLE」という展覧会タイトルは、自分の作品が直線ではなく曲線で構成されるものが多いことから着想を得ました。曲線から発展させて円について考える機会も多く、自然とタイトルが決まっていったわけですが、中西さんにそう言ってもらえると嬉しいですね。

 一度、こういった贅沢な空間での展示を体験することで、自分にとっての基準が更新されると思います。何か具体的なものが明確に浮かんでいるわけではないですが、ここで展示したことによって、自分のなかにどんなものが生まれるのか楽しみです。

TERRADA ART COMPLEX Ⅱで準備中の野原邦彦「CYCLE」

──また、佐々木さんはこの新ギャラリーの近くに、アーティストが制作を行うスタジオを設置することを計画されています。これも所属アーティストの支援の一環ということでしょうか?

佐々木 そうですね、アーティストがギャラリーの近くで制作してくれれば、実作業も含めてもっとギャラリーが手伝うことができると思っています。制作アシスタントの技術を持ったスタッフも新たに採用しました。また、すでに馬喰町のギャラリーの地下も制作のための工房にしており、そちらでもマルチプルなどの制作ができるようになっています。

 ただ、たんに支援というだけでなく、もっと大局的な視点を持った投資の側面もあります。アーティストの生涯の制作点数をどう増やしていくかというのもギャラリーの課題でした。そのためには、制作をしっかりとサポートする体制が必要となります。

 今後は、ニューヨークに倉庫を借りて、現地で作品を発表する計画もあります。日本とアメリカの両方で作品発表をやるとなると、所属アーティストたちの制作のピッチを上げなければいけないけませんし、マルチプルなども安定してつくることができるようにならなければいけません。その意味でも、スタジオの準備は必要でした。

野原邦彦「ステキな時間」(2017、上野の森美術館、東京)展示風景

──最後に、これからの展望や目標を、アーティスト、ギャラリスト、ギャラリーオーナーとして、それぞれの立場から教えていただければと思います

野原 これからも変化に合わせてアクションを起こしながら、gallery UGのスタッフとチームを組んで、自分のアーティストとしてのブランドをつくっていきたいですね。そして、自分の作品を見てくれた人のマイナスの部分がプラスになるような影響を与えられたらと思っています。その分母が多くなって、日本全体、そして世界にと広がっていけば嬉しいですね。

中西 TERRADA ART COMPLEXという多くのギャラリーが集まるスペースで新たな挑戦についてはちょっと緊張もしていますが、来年、そして再来年、このgallery UGがホットスポットになり、気分が盛り上がる立体作品を見られる場所として、多くの人々が集まってくれればと思います。

佐々木 中堅の作家たちにお金が行き渡っていないのも、日本のアート業界の課題だと思いますので、そういった作家をもっと知ってもらえるように動きたいと思っています。そのために企業とアートによるリレーションや、異業種とのコラボレーションも積極的に進めたいですね。

 アートに対する価値観は今後も変わり続け、時代に合わせてアートの定義も変化していきますから、その変化に危機感を持って対応しなければと感じてます。だから、若い人の意見もほしいし、優劣なく交換しながら、私の意思のDNAを引き継げる場をもっとつくっていきたいです。今回の新スペースオープンにあたって、新しいスタッフ数名を採用しましたが、それもこうした考えからですし、今後もスタッフを増やしていきたいですね。

 色々なことに挑戦しているとよく言われますが、アーティストの制作活動を日々見ていると、よくここまでこだわることができるなと思わされることばかりです。だから私も歩みを止めないんだと思います。こうした挑戦を「gallery UGができるなら自分たちもできるはずだ」と、国内のほかのギャラリーには思ってほしい。そうなれば、日本のアートはもっと楽しくなると思っています。